2011年03月26日 15:00   ネット回線の確保

Juno

神奈川の家では、NTTの光回線でインターネットに接続していました。以前回線スピードのテストをしたときは64MBpsぐらい出ていて、ブロードバンドと言う名にふさわしいスピードでネットに繋ぐことができました。

引っ越し前にNTTに回線の引っ越しの依頼をし、引っ越し先の高知で回線が利用できるようになるまでに、相当な日数待たされることが分かっていました。引っ越しをしても仕事はあります。インターネット接続が必須の仕事なので、回線の確保は急務です。

神奈川で暮らしていたときは、EMOBILEの携帯電話を契約し、携帯電話で定額のPC接続サービスも利用できるようにしていました。これが高知でも使えればいいのですが、EMOBILEのサービスエリア情報によると、引っ越し先の従兄の家は、まわりをぐるっとサービスエリアに囲まれているものの、陸の孤島のようにサービス対象外となっていました。ですが、使ってみたら電波を拾えたということもあるので、わずかながら期待をしていたのでした。

3月25日の夜、空港から従兄の家に向かう車中では、携帯電話のアンテナ状況を確認しました。高知市内ではアンテナが何本か立つものの、従兄の家に近付くにつれ電波が弱くなり、従兄の家に到着するまでに、みごとに圏外になりました。

従兄の家の近所の喫茶店まで出て試してみると、一応は電波を拾えます。ですが、これで仕事をこなすのは無理なので、EMOBILEでのネット接続は、あきらめざるをえませんでした。

EMOBILEがダメな場合の選択肢も、引っ越し前に調べていました。DoCoMoの携帯電話を契約し、これで定額のPC接続サービスを利用する方法です。

高知では、サービスの選択肢が限られています。携帯電話も、「ちょっと山あいに行ったときに繋がらないと困る」ということだと、DoCoMo一択みたいになってしまいます。

EMOBILEがダメなことが確定してすぐに最寄りのDoCoMoショップに行き、携帯電話の新規購入、契約をしました。数ヶ月で日本を離れる前提、PC接続定額という条件を伝え、私と妻の2人分の手続きをします。携帯電話の維持費は、2人分で月3万円近く、神奈川にいたときの約3倍になりました。固定回線が引かれるまでの繋ぎとは言え、結構な出費です。

仕事を続けるためにはやむをえなかったのですが、そうまでして仕事を継続しようとしたことは、会社からは評価されていないでしょう。安全性が担保されなくても出社する、社畜と化さないといられないような会社が、日本には多いと感じています。事故が終息していないあいだに出社することで健康や生命を危険にさらすという私の考えは、正常性バイアスの強い日本では、受け入れられないものだったのでしょう。

この頃は、ネットの掲示板などでも、原発事故後の出社を自主的に控えた人、遠くへ避難した結果出社が困難になった人を叩く声が多くありました。結果はどうなったか。放射性物質の降下が特に多かった3月15日、3月21日に被曝を軽減できたのは、危険を予測し、実際に行動を起こした人の方が多かったはずです。

原発事故後、その時々の行動が安全だったか危険だったかは、何年、何十年も経たないと結果が分からないこともあるでしょう。自分が健康でも、同年代の人、同じような行動をとった人の寿命が縮んだことで、統計的に危険だったことを認識するかもしれません。安全、危険の判断をすべきだったそのときに、安全を主張する人の意見と、危険を主張する人の意見が折り合うのは、難しいでしょう。

自身が危険性を認識しているときは、判断を他者にゆだねず(信頼に足ると思われる情報を集めることは重要です)、自身の判断を信じて動くことをお勧めします。他者に判断をゆだねて失敗したときの後悔は大きいです。自分で決断して自分で動けば、少々の失敗など気にならなくなります。正しいと思う道を自分で選ぶ繰り返しが、人生の満足へと繋がると信じています。

2011年03月25日 15:00   風呂無し生活

Juno

借りることになった従兄の家は、水道、電気は使えるものの、風呂、台所の給湯は使えませんでした。ほぼ物置としてしか使われていなかったこともあり、少し前にガスの契約も打ち切り、給湯の設備も取り外したばかりでした。

調理用の熱源は、母が持ってきてくれていたカセットコンロがあったので、不便、不十分ながらもある程度の用は足せましたが、風呂が使えないのは困りました。緊急事態であること、避難生活なのである程度の不都合は受容せざるをえないということを自分自身にも言い聞かせ、より安全な場所に移れたことを、前向きに受け止めるように心がけました。

給湯は、数日後、近所の業者さんにセットアップをしてもらいました。このようなときは、狭い田舎の社会がプラスに作用します。業者さんは、従兄、従兄の家、父のこともよく知っています。ここいらは、勝手知ったるホームグラウンドのようなものです。交渉役として父にあいだに入ってもらい、中古でもいいので急ぎで給湯器を付けてほしい旨要件を伝え、破格の条件で設置をしてもらいました。

家で風呂に入れない数日のあいだ、耐えかねて一度温泉に行きました。高知には、銭湯がほとんどありません。ネットでそのことを再確認し、同じ町内にあるかんぽの宿で、日帰り入浴をしてきました。私は温泉の類は好きではないのですが、このときは生き返った気持ちになりました。

2011年03月25日 09:55   高知へ

Juno

羽田を夕方に出る飛行機で高知へ。鉄道、車での移動も検討しましたが、トータルで移動に要する時間と猫への負担を考え、飛行機を使うことにしました。昨日、引っ越しの積み込みをした荷物は、一足先に高知に到着しています。

空港までの移動はタクシーで、あらかじめ猫4匹がいることを伝えてありました。車中、ケージに入れられた猫の苦情が身にこたえました。人間の都合で振り回されて、いい迷惑だと思います。

飛行機の国内線で猫を運ぶ場合、通常だと1匹につき5000円ぐらいかかるようです。ですが、「震災の影響で避難や移動が増えているのでキャンペーンをしている」ということで、猫の旅費は無料になりました。猫4匹ともなると結構な負担になるので、助かりました。

高知龍馬空港には、両親が車で迎えに来てくれました。前回帰省したのは、入院している兄の見舞いのときで、そのときは、次に高知を訪れるのはずっと先になるだろうと考えていました。このようなかたちで高知の地を踏むのは、複雑な気分でした。

これからしばらく借りることになる従兄の家は、従兄の姉(彼女も私の従姉です)や両親が片付けをしてくれていました。限られたスペースで生活することを覚悟していたので、これも助かりました。反面、「これだけスペースがあれば、もっと引っ越しのときに色々持ってくればよかった」とも思いました。なかなか欲を切り離せないものです。

家に入り、ケージの扉を開けると、いつもは剛胆な最年長の猫ですら、警戒心を隠せない様子でした。彼らには、これからあと数回、飛行機に乗ってもらわないといけません。移住に失敗して日本に戻るはめになったら、さらなる負担をかけてしまいます。そうならないよう、海外に根を下ろせるようにしたいと思いました。


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